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尾澤瑞樹ピアノ教室

町田市玉川学園のピアノ教室です。ホームページはhttp://ozawamizuki.web.fc2.com/

「ピアノを習っていました」はステータスを表す?

先日のブログでも書いた、受験生が時々狂ったようにピアノを弾くということが、
私の中で、レッスンのちょっとしたヒントになっています。

音楽は、一般的な学部の受験に必要な能力でもなければ、
衣食住を成り立たせるために欠かせないものでもありません。
受験などの人生の関門に差し掛かった時には、
勉強時間を奪われる邪魔者になることすらあります。

だから、音楽を学びたい(学ばせたい)と思う気持ちに、
指導者がどうこたえられるか。

あくまでもひとつの見方ですが
「音楽を通して何を学び体感するか」というのが
その答えになるかもしれません。

これは、私個人の感覚ですが、音楽を奏でることはものすごくパワーがいります。
運動能力としてのパワーはそこまで高くないかもしれませんが、
約2時間の演奏会を弾き終えたあとは、なんだか全身の様々な回路が熱くなっているような感じがします。

演奏は、楽曲と向き合い、自分の内面にある何かを探り、それを音に乗せて紡いでいきます。
その時々によって微妙に異なる音を聞き取って、即興的にバランスを保って演奏をつなげていく。
そのせいか、練習した後は頭が疲れていることが多い。

これはもしかしたらおしゃべりに似ているかもしれません。
話題に対して自分の考えや体験を交えながら話すこと。

でも不思議なのは、例えば私が30分もずーっと一人で喋っていてもつまらないです。
相手がいて、会話が成立しているならまだしも、
例えばそれが部屋の中で一人で意気揚々と喋っていたら、少し自分自身を疑ってしまうかもしれない。

これがピアノを演奏している状態だったら、別に不思議ではないことです。
ものすごいパワーを使って、何かの曲を弾いてみる。
それは程よくあいまいに表現されている「音楽」だからこそ、
もしかしたら言葉にはならないような微細な感覚すら、そこに流れ出るかもしれない。
誰に聞かせているわけでなくても、そうやって自分が解放される瞬間を得られるときもあります。

冒頭に書いた生徒さんは、そんなピアノが弾ける自分なりの意味を、少しだけ手に入れたのかもしれません。


ピアノを学ぶ中で、何かの「履歴」を持ちたいという気持ちはわかります。
また、そういったものが音楽への興味をより強めてくれるケースもあります。
ただ、あまりにも強く履歴を求める傾向に進めば、
もしかしたら音楽を学ぶことがただひとつの資格のようなものにしかならないかもしれない。
英語がすごーくできるとか、なんだかそういうことの方が
資格としては役に立ちそうです。

どんな学び方をしても、どんなことを求めても構わないです。
しかしできることならば、音楽に、音楽を奏でることに魅力を感じられるようになってもらいたいと思います。
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テーマ:ピアノレッスン - ジャンル:音楽

  1. 2018/02/17(土) 12:17:07|
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